ブータン活動記 5月  本文へジャンプ

2月22日(金) 17日目:バンコク〜パロ
ヒマラヤ
パロの街
朝3:00に起きるつもりが、2:30に目が覚めた。早く着くにこしたことはないと思い、用意をしてチェックアウトをし、タクシーに乗り空港へ向かった。
4:00前に空港に着きタクシー料金を払う。400バーツ。あれっ?行きは1200バーツだったのに!?ぼったくられた!空港のタクシーだからと言って侮れない。

朝4:00に空港に着きボーっとしていると、以前チョモラリトレッキングに一緒に行った、SVの百田さんと会った。百田さんは健康管理休暇で1ヶ月間日本に帰っていて、ちょうど今日帰るところだった。
一緒に搭乗手続きをし、朝ごはんを食べに行った。ここでも最後の寿司を食べた。これでしばらくシーフードともお別れだ。

9:50発が少し遅れて出発。Drukエアーはいつも遅れる。この飛行機はガヤ経由だった。ブッダガヤーという仏教の聖地があり、乗客はほとんどここで降りてしまいブータンまで行く人はほんのわずかだった。
今日は天気も良く、飛行機からはヒマラヤが見えた。

13:00過ぎ、無事にブータンに着いた。ダラにバスを頼んでいたのだが、来てなかった・・・。しかたなしに百田さんにお願いして一緒にティンプーまで乗せて行ってもらった。
無事にブータンに帰りついた。

長いようで今考えると、短かったような17日間だった。今回僕もすごくいい経験ができた。この事を今後どのようにブータンに還元していくかをしっかりと考えていきたい。

【最後に】

今回の日本行きに関しては、当初からいろいろな壁に当たった。JICAの説得、パスポートの取得、ビザの取得、寄付金集め・・・。
しかし、その都度たくさんの人達が支えてくれた。今回の事でたくさんの人にご迷惑をおかけしたと思う。しかし、ブータンの子供達のため、ブータンの卓球の発展、ひいてはブータンのスポーツ界のためと思い頑張ってきた。その主旨をご理解頂き、御支援御協力を頂いたみなさんにこの場をおかりしてお礼を言いたいと思います。みなさんの御支援無しでは実現しませんでした。本当にありがとうございました。

2月21日(木) 16日目:成田〜バンコク
屋台の焼き魚
バンコクの夜景
朝5:30に起きて成田空港に向かったが、昨夜飲みすぎて気分が悪かった。
慣れない電車をを乗り継いで成田空港に着いたが、出発時刻ギリギリだった。
なんとか無事に9:25発の飛行機に乗る事ができた。飛行機の中では本を読んだりして過ごした。

14:30頃バンコクに着いたがかなり暑かった。空港でタクシーを頼み、今日泊まる予定の
「センターポイントペッブリー」へ。約20分くらいで1300バーツだった。
妹の知り合いに取ってもらったので、どんなホテルかわからなかったが、行ってみるとすごくいいホテルだった。
チェックインをして部屋に行き、一息ついた後、街にでかけた。

バンコクはすごく発展していて人が多く、活気があった。今日はバンコクは休日みたいだ。屋台でお米を焼いたおかしみたいなのを売っていたので買って食べた。餅を焼いたものみたいでまあまあおいしかった。
バンコクには屋台がいろいろとあって面白かった。イカの焼いたものや、チキンを干したもの、焼き魚等を買って食べた。夕食はレストランに行かずにあえて、ローカルの店で食べた。フォーを2種類食べたがおいしかった。

バンコクはインド違って街が清潔で、客引きも少なく歩きやすく、シーフードもありごはんがおいしかった。また、バンコクの蒸し暑さも日本の夏みたいでなんとなく懐かしかった。今年ぜひ旅行で来たいと思った。

明日は朝3:00起きなので早めに寝た。

2月20日(水) 15日目:尼崎〜新宿〜千葉
築地
寿司
ブータン選手が帰ってほっとしたのも束の間、今日は新宿まで新しいパスポートを取りに行かなくてはいけない。
朝5:30に起きて、新大阪まで父に送ってもらった。なんと、前の会社の先輩2名が新大阪まで見送りに来てくれた。本当にありがとうございました。

7:30発の新幹線に乗り、JICA本部のある新宿へ向かった。これから1年間はこの景色も見れないのかと思い、新幹線から外の景色をボーっと眺めていたら、3時間があっという間に過ぎた。
新宿のJICA本部に行き、パスポートをもらい、国担当の小野さんに今回の日本遠征の報告をした。また、以前ブータンの調整員だった入間田さんも同席された。

昼から大学時代の友人と会い昼食を食べに行った。「何が食べたい?」「寿司!!」という事で、2人で
築地に行った。初めて築地に行ったが、とても活気があった。蛍イカと、寿司をおごってもらった。すごくおいしかった。ありがとうございました。

夕方からは千葉に移動して、もう1人の友人と会い3人で練習に行った。3人でリーグ戦をしたが、僕は1勝1敗の2位だった。久しぶりに大学時代の友人達と卓球ができて楽しかった。
夜は千葉の友人の家で焼酎とビールを飲んだ。日本の酒はうまい!

2月19日(火) 14日目:ブータン選手帰国
関空
出発前
今日はいよいよブータン選手が帰国する日だ。
いつもは毎朝「ヤロ、ヤロ(起きろ、起きろ)」とみんなを起こしに行っていたが、今日は何ともうすでに起きていた。朝ごはんを食べて関空に向かった。

関空で朝ごはんを食べたりして過ごしたが、12:00にブータン選手がゲートに入って行く。無事にブータンに着いて欲しいと願いながらみんなを送り出した。

みんなを送り出してからは、ほっとしたような、気が抜けたような気持ちになった。今までつきっきりだったのでほとんど1人の時間が無かった。
帰ってから100均に行ってブータンへのお土産を買ったり、日本酒を買いに行ったりした。

夕方には川沿いを自転車でのんびりと走った。日本にいた頃、暇な時は自転車でサイクリングに行っていた。久しぶりに日本の夕暮れを感じる事ができ、ブータンも好きだけどやっぱり日本もいいなと思った。本当にのんびりとした時間だった。

夜は友人と久しぶりに回転寿司を食べた。ここぞとばかりに食べた。それからガストに行きいちごパフェを食べた。日本のスイーツはおいしかった。

2月18日(月) 13日目:海遊館
海遊館
天保山
今日は試合も終わったという事で、海遊館に観光に行ってきた。
シーフードが食べられないブータン人達も海遊館は楽しそうだった。特にイシェはたこをかなり気持ち悪がっていたが、海遊館にいる生き物は楽しそうに見ていた。
ブータンには海が無いので、今日見た生き物はみんなにとって、初めて見る生き物ばかりだった。もしかしたら今後一生見る事ができないかもしれない。そういう貴重な体験をした。
海遊館に行った後は観覧車に乗った。大阪湾が一望でき、良い景色だった。その後、標高4.53mの天保山の頂上に行って、ここが山の頂上だと言ったらみんな驚いていた。

家に帰ってからは少し練習して、夜ごはんの用意をした。今日は日本での最後の夕食なので、ブータン人と父、母のみんなでごはんを食べた。
それから最後の温泉に行った。最初は裸になるのも恥ずかしがっていたり、ジャグジー風呂を怖がって入らなかったりしていたナムゲとソナムだが、この日になるとすっかり慣れていて1時間以上も風呂に浸かっていた。

いよいよ明日、関空からブータンへ向けて出発する。

2月17日(日) 12日目:神戸でのディナー
オリエンタルホテル
自宅前
試合も終わり、午前中はみんな家でゆっくりとしていた。
今日は17:00から
神戸オリエンタルホテルで神戸ブータン友好協会の会員の方達とディナーがあった。そのため15:00頃からみんなゴ・キラに着替えて、家からゴ・キラを着て車で神戸に向かった。

会場はオリエンタルホテル内のレストランの一番奥だった。壁にはブータン国旗が貼ってあった。
30人程の参加者が集まって下さった。OVの方達がほとんどだったので、ブータンの話で盛り上がった。みんな本当にブータンの事が好きなんだなと感じた。

今度ブータンに来られる予定の方もいらっしゃるみたいなので、ぜひ今度は僕がブータンでみなさんをもてなしたい。

2月16日(土) 11日目:大阪国際招待卓球選手権大会 2日目
会場前
試合後
朝9:00から開会式があった。
最初の試合はソナムで11:30からだった。その後、イシェ、ヘマ、ナムゲの順に試合が始まった。
イシェが1−3だったものの、9−11、14−12、8−11、10−12と接戦だった。
しかし、他の試合は全く歯が立たなかった。
今日もたくさんの方達が見に来て下ったが、あまりいいところを見せる事ができなった。
今日で試合は終わってしまったが、ブータンへ帰ってからの課題がたくさん見つかった。選手達もそれを感じとったみたいだ。

試合後は、
ダショー西岡さんの奥さんからディナーに招待された。ダショー西岡さんと言えば、ブータンに何十年と住み、貢献したブータンでは知らない人がいない程有名な方だ。
ブータンに何十年も住んでいただけあって、ごはんは全てブータン料理だった。ブータン料理が恋しいのか、みんなばくばく食べていた。

今日で日本での試合は終わった。しかし、これからまた一からやらなければいけないと思った。

また、今回の日本来日に際し、たくさんの方々から多大な御支援、御協力を頂きました。本当にありがとうございました。これも何かの縁だと思いますので、今後ともよろしくお願い致します。

《試合結果》

■ 男子カデット シングル 1回戦 
   ナムゲ (ブータン)   0−3  中平 直樹 (西部中・高知)
 男子ジュニア シングル 1回戦
   ソナム (ブータン)   0−3   渡邊 賢 (遊学館高・石川)
 女子ジュニア シングル 1回戦
  
イシェ (ブータン)    1−3   朝戸 亜子 (滋賀学園中・滋賀)
 女子シングル 1回戦
   ヘマ (ブータン)     0−3   森藤 みなみ (専修大・東京)


2月15日(金) 10日目:大阪国際招待卓球選手権大会 1日目
会場
ブータン国旗
いよいよ、試合当日。今日はダブルスのみの試合で13:30からの予定。
午前中ウエダTTCで練習を行い、試合に臨んだ。
今回は前回のインドのゴアの試合とは違い、日本で何日間か練習できた。そのせいか、あまり緊張していない感じだった。初めの試合はナムゲ・ソナムの男子ダブルス。相手は僕の高校の後輩。これも何かの縁かなと思った。

1セット目はあまりかみあっていなかったため、あっさりと取られる。だが、2セット目をジュースで競り合って取り、3セット目もナムゲのサーブが効き、取る事ができた。4セット目のでだしも3−0とリード。「これはいけるのでは?」と思っていると、簡単にこのセットを落としてしまい、最終セットの5セット目もあっさりとおとしてしまい、ゲームセット。やっぱりそんなに甘くなかった。

続いて2:00からは女子ダブルス。相手は2人ともカットマンだったが、ヘマ、イシェの簡単なミスが多くあっさりと0−3で負けてしまった。かなり力の差があると感じた。

試合の結果は残念だったが、今日は多くの方達が応援に駆けつけてくださった。本当にありがとうございました。
みんなも悔しかったみたいで、試合後も今里の練習場に行き、明日のシングルに備えて21:00まで練習をした。


《試合結果》

■ 男子ダブルス 1回戦 
   ナムゲ ・ ソナム (ブータン)   2−3  深井 祐貴 ・ 内田聡一郎 (近畿大学付属高・大阪)

 女子ダブルス  1回戦
   
ヘマ ・ イシェ (ブータン)     0−3  大庭咲陽子 ・ 多久和里香 (明誠高校・島根)

2月14日(木) 9日目:オープン試合
試合後
練習後
尼崎で開催されているオープンの女子の試合にヘマ、イシェが出場した。
5チームのリーグ戦が朝から行われた。ダブルス・シングル・シングルの3本先取。
カットマンや、ツブ高、ペンの選手等ブータンにはいないタイプの選手との対戦に戸惑ったのか、最初の試合で0−3の2連敗。このまま全敗かと思われたが、後の2試合は、2試合とも2−1で見事2連勝。ヘマ、イシェも勝てたことに自信をつけ、うれしそうだった。

試合後は、僕の先輩にブータンの選手を指導してもらった。僕も気づかないようなところを細かく指導してもらい、すごく勉強になった。また、僕自身どう指導しようか迷っていた事も聞いて教えてもらった。
指導してもらった後は僕も一緒に練習した。ブータンに来る前は、毎週火曜日に練習していたのだが、久しぶりに練習できて楽しかった。
いよいよ明日からは試合が始まる。

2月13日(水) 8日目:清水寺
清水寺
清水寺にて
本当は昨日清水寺に観光に行く予定だったが、悪天候のため今日に変更した。一応、晴れてはいたがかなり寒かった。

JRで京都駅に向かったが、京都駅に着いた時には大雪が降っていた。そこからバスに乗って清水寺に行った。平日だったが、修学旅行生らしい学生がたくさん来ていた。
雪が降っていたのですごく寒かったが、雪の清水寺は風情があって良かった。みんなも楽しんでいたみたいで、買ったデジカメで写真を取りまくっていた。
本当は清水寺に行き、その後は歩いて高台寺まで行こうと思っていたが、寒すぎてそれどころではなかったので昼食を食べて帰る事に。昼食は僕の希望で中華を食べに行く事になった。清水寺の周りの店はほとんど日本食の店だったので、探すのに苦労したがなんとか中華料理屋を見つけて入った。
日本食をほとんど食べないブータン人達も、チャーハンと餃子はおいしそうに食べていた。どうやら中華は食べる事ができるみたいだ。

もともとお寺が好きだったが、久しぶりにお寺に行き心が落ち着いた。やはり僕は日本人なんだなと感じた。

2月12日(火) 7日目:こたつでブータン人とネパリ料理
友達と僕
こたつ
今日は観光の予定だったが、朝から雨が降っていたので明日に延期にする事に。
朝11:00から練習開始。ダブルスの練習を中心に行った。13:00に一旦練習を終わり、焼きソバを買ってきて食べた。
午後からは僕の小学校の時からの友達であり、中学の時にダブルスを組んでいた友達が家に来てくれたので一緒に練習をした。もう何年もラケットを握っていなくて、久しぶりの練習だと言っていたが、みんなこの友達に勝てなかった。
彼は結婚して、今年中にはお父さんになる予定だ。時の流れは本当に早いものだなと感じた。

夜はスーパー銭湯に行った。初めは裸になる事を躊躇していたが、2回目ともなるとすっと裸になっていた。また、怖がっていたジャグジー風呂にも長い時間浸かっていた。ナムゲは特にサウナを気に入ったみたいだ。
夜ご飯はヘマがネパリ料理を作ってくれた。卵とじゃがいもとたかの爪の料理だったが、やはり辛かった。家族のみんなは辛くて食べられなかった。このネパリ料理をこたつを囲んで食べた。ネパリ料理をブータン人と日本でこたつの中で食べている事に違和感を感じたが、ほのぼのとした感じだった。

2月11日(月) 6日目:久しぶりの再会
先輩達と選手
カルフール前
午前中はみんなでカルフールに買い物に行った。このカルフールにはユニクロがあり、みんなここで服を買っていた。昼ごはんはマクドナルドに行ってハンバーガーを食べた。
練習は14:00から行った。卓球を教えている友達の生徒さんが女性の方だったので、イシェ、ヘマと練習をしてもらう。この人はペンのツブ高の選手だった。年齢は50歳に近いくらいだが、初めての戦型に対応できずにみんな負けていた。やはり対応力が全くないなと痛感した。

夜からは、以前僕が働いていた会社の先輩達との食事会に行った。場所は尼崎駅前の焼肉。事前に何が食べたいかと聞かれおり、「焼肉が食べたい」とリクエストしていた。
先輩達からは本当の兄弟みたいにすごく良くしてもらっており、日本にいる時は一緒に山登りに行ったり、スノーボードに行ったりしていた。
そのみんなと会ったという事で、日本に来てからほとんど飲んでいなかったお酒を飲んだ。日本のビールはとてもおいしかった。久しぶりのユッケもおいしかった。

あまりにも楽しかったので、みんなを帰した後に2次会に行く事に。
2次会では日本酒を飲みながら、いろいろな話をした。ブータンではあまり夜に飲み歩くという事がなかったので、みんなと久しぶりに会え、飲めて楽しかった。

2月10日(日) 5日目:ウエダTTC歓迎会
ブータン選手とウエダTTCのメンバー
源八
今日は朝からみんなでヨドバシカメラに買い物に行った。
みんなデジカメが欲しいらしく、いろいろと見ていた。値段が手ごろなデジカメがあっても、英語バージョンがなかったり、電圧が違ったり、海外仕様のデジカメがあっても高かったりとかなり買い物は難航した。また、それをいちいち説明するのもかなり疲れた。
海外仕様の1万5千円のデジカメが9800円になっており、英語バージョンもあり、在庫もあったため最終的にイシェ、ナムゲがそのデジカメを、ソナムとヘマが別の3万円ちょっとのサンヨーのデジカメを購入した。みんなうれしそうだった。

昼は親戚のおじさんとおばさんが香港料理をご馳走してくれた。麺料理があったので、みんなそれを注文していたが、おいしそうに食べていた。

14:00から今里の卓球場で練習開始。今日も、一昨日練習したメンバーが集まってくれた。ゲーム練習を中心に行ったが、1勝もできなかった。
練習後は京橋の「源八」というところで歓迎会があった。今はもう無くなったが、中学生の頃から京橋の扶桑会館で毎週金曜日に練習をしていた。練習の後は毎回この「源八」でごはんを食べていた。当然ブータンに来てからはここに寄る事もなかったので、すごく懐かしかった。
ヘマは日本酒に挑戦したが、口に合わなかったみたいだ。ここでもみんなは豚キムチや、ごはんにエゼ(ブータン式の辛いふりかけ)をかけて食べていた。刺身などのシーフードは怖がって食べようとしなかった。
久しぶりにみんなとごはんを食べれて楽しかった。

2月9日(土) 4日目:中学生との交流試合
大雪
練習風景
朝起きると大雪だった。みんなを見に行ったら、まだ寝ていたので疲れているだろうと寝かしていると、12時になっても起きてこなかった。
さすがにみんなを起こして、昼ごはんの準備を始める。日本食が合わないみたいなので、スーパーに行き鷹のつめを買って来て、ブータン料理であるケワダチ(チーズとじゃがいもを煮込んだもの)を作ってあげた。するとすごい勢いで食べていた。

14:00からうちの練習場で練習開始。父や、僕の友達も練習を手伝ってくれて、指導もしてもらった。ブータンではピン球がないので、多球練習ができない。なので、練習は多球練習を中心に行った。慣れていない練習のためか、疲れているみたいだったが、いつもと違う練習ができたので満足そうだった。ブータンに帰ってからもこの練習をしたいと言っていた。
夕方からは地元の中学生が練習に来ていたので、良い機会だったので試合をしてもらった。
ペンの表ソフト速攻型の選手や、シェークでバック面にツブ高を使用している選手などいろいろな戦型の選手と試合をする事ができた。ブータンの選手はほとんどがシェークの攻撃型選手なので、いい経験になった。
ナムゲも、ソナムも14歳の市内1位の選手に勝っていた。また、ナムゲは高校生のペンの表の選手に1回は負けたものの、「もう1回やりたい」と再度チャレンジし、勝った。ブータン人は意外と負けず嫌いだ。同年代の選手に勝てた事で、僕もみんなも少し自信がついた。

2月8日(金) 3日目:日本での初練習
ブータン神戸友好協会にて
船上より
朝7:30に起き、みんなを起こしに行った。昨日着いたばかりなので疲れているのか、何回起こしても起きなかった。
今日は、この日本遠征を支援してくださった、神戸ブータン友好協会さんを訪問するため三宮に行った。
日本に来る前に揃えた、ゴ・キラに着替えて挨拶を行った。みなさんすごくいい方で温かく迎えてくれた。

挨拶の後、少し神戸の街を歩く事に。保科さんと磯野さんが案内して下さった。
肉まんをご馳走して頂いたが、みんなは、ブータンのモモみたいでおいしいと言っていた。中華街では旧正月のお祝いをしていた。ブータンでも旧正月はロサと言って、みんなお祝いする。今回、ヘマ達はブータンでお祝いする事ができなかったが、ここ神戸でお祝いをする事ができた。

その後、みんなでメリケンパークに行き、遊覧船に乗って、船の上から神戸の街を見たり、明石海峡大橋を見たりした。今日は天気が良かったので、良く見えた。みんな船に乗ったのは初めてで、楽しかったみたいだ。

18:00〜21:00まで今里の卓球場に行って練習をした。ここには、僕の古くからの卓球仲間であるウエダTTCのメンバーが毎週練習している。
みんな50歳以上と、父くらいの年齢の方ばかりだが、すごく良くしてもらっており、今回も多大な協力を頂いた。
ブータンの選手達とも一緒に練習をしてもらったり、教えて頂いたりした。僕も久しぶりにみんなと一緒に練習できてとても楽しかった。

2月7日(木) 2日目: バンコク〜成田空港〜新大阪〜自宅
スーパー銭湯にて
ちゃんこ屋
7:30に成田空港に到着。昨夜は一睡も出来なかった。
空港を出て、真っ先にヘマに連絡した。僕より先に着いているヘマ達を、両親が関空まで見送りに行く予定になっている。きちんと会えたのかずっと気になっていたが、きちんと両親と会う事ができ今は家の近くだという事だ。これで一安心。
後で聞いた話だが、両親はウエルカムボードを作成し、空港の出口で待っていたらしい。手荷物の受け取りに手間取ったヘマ達は一番最後に出てきたため、すぐにわかったとの事。
そこから特急に乗り新宿に向かった。大雪で少し電車が遅れたが、新宿に到着。JICA本部に行きパスポートを預け、写真を撮りに行った。
昼は大学時代の友達と銀座で定食を食べた。かきがめちゃくちゃうまかった。

昼食を取りすぐに新幹線で大阪に向かった。13:30に東京駅を出て16:10に新大阪に着いた。16:30、約10ヶ月ぶりに尼崎に戻ってきた。街並みがかなり変わっているのでは思っていたが、あまり変わっていなかった。
ヘマ達と尼崎駅で合流し、ゲームセンターと100均ショップに行った。みんな家族や友達にお土産を買っていた。
その後、家でゆっくりとしてからスーパー銭湯に行った。久しぶりの銭湯は本当に気持ち良かった。ブータンには温泉はあるが慣れていないみたいで、ナムゲ、ソナムは裸になるをすごく恥ずかしがっていた。

夜は家族と一緒にちゃんこを食べに行ったが、食事が合わないみたいで、みんなほとんど食べていなかった。
特にイシェは、たこを「気持ち悪い」と言い、見るのも嫌な感じだった。
家に帰り、ニュース番組で中田氏がブータンに来た時の事が放映されたので、みんなで一緒に見た。ブータンの事を日本のニュース番組で見るというのは、何か不思議な感じがした。

今日は日本初日という事で、僕を含めみんな疲れていた。
久しぶりに家の布団に入り、遂に日本に来たのだという事が実感できた。

2月6日(水) 1日目: パロ〜バンコク
見送り
出発
朝、4時起床。やっとこの日がやってきた。
5時にチャンガカ・ラカンを出て、卓球場に集合。そこからBOCのバスに乗ってパロ空港へ。
真っ暗な中、ヘマ、イシェ、ナムゲ、ソナム達選手以外に、友達のトゥシ、ソナムの両親と弟、ナムゲの両親、イシェの友達がパロ空港まで見送りに来た。それを見て改めて今回の日本遠征の責任の重さを感じた。
空港では日本のツアー客の方と一緒になり、いろいろと話をさせて頂いた。

9時にドゥルックエアーが出発。遂に日本へ。13:30にバンコクに到着。ここバンコクから、選手は22:10発の飛行機に乗り関空へ、僕は23:05発の飛行機に乗り成田へ向かう。パスポートの更新をしなければならないために別々の空港に到着する。
23:50までは空港の中を見回ったり、みんなに日本語を教えたりして時間を過ごした。
21時、まずヘマ達が空港の中に入って行く。それを見送りながら、無事に日本に着く事を願った。

23:05、僕の乗った飛行機が出発。20分後に夕食が出た。洋食か、和食かを聞かれテンションが上がる。迷わず和食を頼む。ソバ、煮物などをかなりの勢いで食べた。うまかった。いよいよ日本に行くのだという感情が湧いてきた。興奮していたためか夜中は一睡もできなかった。